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クラミジアは今や性生活を持つ人々の環境汚染
 ところで、上述のように他の性感染症に感染しているとエイズにも感染し易いといっても、その他の性感染症群も歓楽街を中心に拡がる特殊な感染症であり、歓楽街とは関係ない生活をしている自分はそのような“不潔な感染症”には全く無縁であると信じている人が極めて多い。
 しかし、現在大流行している性器クラミジア感染症は、一般の性生活を持つ人々の中に、ひそかに、驚くほど大きく広がっているのである。
 最近は、従来の性感染症群全体が、症候が軽くなりつつあり、無症候感染も少なくない。ことに女子例でその傾向が強く、クラミジアやヘルペス、さらにかつては症候が強いとされていた淋菌さえも8割は無症候感染とされている。また梅毒も今や同傾向にある。
 その上、若い人々の性の自由化傾向が急速に一般化しつつあるため、そのように無症候化した感染症に、知らぬ間に感染してしまっている。そしてその感染を日常の性生活の中でうつし、うつされつつあるのが現状と言える。しかも、若い10〜20歳台の子宮頸部は、感染し易い円柱上皮が大きく腟内に露出している。30歳台で内部に引っ込むまでは、若い女性の子宮頸部は性感染症病原微生物を非常に受け取り易い解剖学的条件を持っている。そのため若い女性群が上記の如き無症候の性感染症にかかり易く、彼女たちの中に大流行する素地が出来ている。


 ところが、厚生労働省が、性感染症報告定点からの症例集計のみをまとめている、現在の性感染症動向調査は、関係者が“性病は男のもの”と思っているためか、若い女性が受診する第一級の産婦人科施設をあまり定点に入れていない。そのため若い女性患者の報告がかなり抜け落ちていて、若い女性たちを安心させ、性感染症への危機感を持たせなくしている。自分たちの“危険な性の健康を侵す疾患”という認識があまりない。
 図2 がその厚生労働省の定点報告統計、図3 が我々研究班の全数疫学調査によるクラミジア感染の統計であるが、若い年代の男女比が厚生労働省データではあまり高くない。しかもこの両統計データは、症状があり医療機関でそれと診断された症例数のみの集計で、全クラミジア感染例の2割にしかあたらない。この裏にある無症候感染例を入れると、この両統計の男女差は、さらに5倍も大きく開くのである。
 そこでもう少し、定点報告集計における女性報告の少なさを詳しく説明してみると、次の如くになる。我々の全数調査と厚生労働省定点報告の男女比が15〜19歳でそれぞれ3.4:2.6、20〜24歳でそれぞれ2.5:1.5、25〜29歳でそれぞれ1.8:1.0となっている。定点報告では男子症例に比して女子例報告がかなり少なく、ことに若い年齢ほどその報告の少なさが目立つことが解る。これでは、若い女性たちに危機感を感じさせるための性感染症予防啓蒙に深刻味が出てこない。さらに厚労省統計では具体的な罹患率が出ていないので、どの程度のひどい流行が、現実に身の回りにあるのか理解できない。しかもそんな“dirtyなクラミジア”などという性感染症は“自分には関係ない他人事”であるとしか感じていない若い女性が極めて多いため、危機感が生れてこないのである。

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図2 性器クラミジア年齢別発生頻度
(定点報告:2000年)



図3 年代別クラミジア感染症罹患率(2000年)
(熊本ら 日本性感染症学会誌 Vol.12, No.1, 2001)
 そこで、無症候感染が多いクラミジア感染症が、一体どの程度一般女性市民の中に深く浸透しているのか、検討してみたい。通常家庭の既婚婦人で無症候の妊娠例を、その一般女性市民代表と考えて、そのスクリーニング成績を検討してみたのが 図4 である。クラミジア感染例の8割は無症候とされているが、それが本当なら、全感染例は我々の有症状感染例での罹患率(図3)の約5倍になるはずである。まさに 図4 はその推定通りのクラミジア感染率が現実にあることを証明している。それをわかりやすい別な形でまとめると、次のような所見になる。

年齢
既婚
 
未婚

15〜19才
20〜24才
25〜29才
30〜34才
35〜39才
(1/ 5.3人)
(1/14.5人)
(1/30.3人)
(1/41.7人)
(1/55.6人)
(1/ 3.7人)
(1/ 5.2人)
(1/ 9.1人)
(1/23.3人)
(1/47.6人)

 ただ、16〜19歳の既婚妊婦の感染率が17%(6人に1人)では、未婚で性生活も行っていない10歳台後半女性もいることを考えると、一般女性市民の平均値としてはやや高いと思われる。そこで、別に18〜19歳の看護大学生達に協力してもらい、膣スミア標本を自己採取してもらい、性経験の有無に関係なく全体での感染率を出してみると、罹患率4.2%(性経験のある女性に限れば6.8%)となった。我々の全数疫学調査の15〜19歳罹患率0.98の5倍のちょうど5%弱にあたる所見である。ここでも我々の全数疫学調査を基にした一般女性市民での平均罹患率推定が具体的に正しいことが証明されている。驚く程高率のクラミジア感染の流行があることがわかる。

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図4 妊婦のクラミジア陽性率
(全報告例 23599例 熊本2)


 ところで最近の中・高校生男女の性生活が活発であることから、その年齢における詳細なクラミジア感染率にも、医学的関心が高くなって来ている。そこで、我々の全数疫学調査での10歳台のデータを1歳刻みで検討してみたのが、 図5 である。
 これは前述したように有症感染例のみの集計成績ではあるが、高校1年から3年にかけて感染率が急激に上昇しており、18〜19歳の大学生になると、20歳前半の成人感染率同等の高さにまで達している。やはり高校生の活発化した性生活を反映して、高校時代に感染率が上昇している。しかも女子が男子に比して著しく高い感染率で、1歳上がる毎の急上昇は注目に値する。
 ただ、このデータも前述したようにその裏にかなりな無症候感染例がいるはずである。しかし、この年代の生徒・学生の一般人口内でのクラミジア感染率を大々的に調査することは必ずしも容易ではない。あまり多い検討症例ではないが、一応我々が調査し得た所をまとめると、表1 の如くになる。

表1 一般人口内高校・大学・専門学校生におけるクラミジア陽性率(尿検査)〔熊本・今井他5)〕

   全体  (性経験あり)
高校3年男子
2%(195名)
大学・専門学校生男子
5.1%(392名)
7.2%
大学・専門学校生女子
6.9%(592名)
9.3%

 図5 に示した我々の有症状症例での全数疫学調査での女子大学生のクラミジア罹患率は1.4%となっている。しかし先の妊婦データや看護学生のデータ同様、無症候感染を勘案して実数を推定すべく5倍すると7%となる。ところが、表1 の女子大学・専門学校生陽性率が丁度6.9%となっていて、まさに推定通りとなっている。
 ただ、男子では無症候性感染を含めても有症症例のわずか2倍という国際的な推定基準により計算すると、無症候性も含めた感染率はかなり少なく、高校3年は0.6%、大学・専門学校生は1%となるはずである。ところが我々の調査データでは、それぞれ2%、5.1%となっており、男性においても無症候性感染が非常に多いという注目すべき所見が出ている。これは男性の無症候感染が感染例のわずか半数という、国際的推定が誤りである可能性が高いことを示している。
 それを示唆するように我々が行なっている既婚妊婦調査で、妻達の平均感染率が5%であるのに対して、夫側が3%という陽性率が出ている。この所見も、男子の無症候感染例が、やはりかなり潜在しているはずであるという知見になっている。今後是非とも、一般市民内における男性群のクラミジア感染率をより積極的に調査する必要があると言える。単なる推定であるが、男性も同年齢女性の2/3程度の感染例が、無症候感染率を含めて存在するのではと私考している。今後の調査に強く期待しているところである。
 ただ、そのような一般人口内における感染率を一括して論ずることとは別に、男女ともセックス・パートナー数が多くなると、それに比例して感染率も高くなるという事実も忘れてはならない。その点につき、大学・専門学校生を対象に調査したところをまとめると、表2 の如くになる。

表2大学・専門学校生におけるセックス・パートナー数とクラミジア陽性率〔今井・熊本5)〕

セックス・パートナー数 男性陽性率  女性陽性率
0人
0%
0%
1人
2.5%(1/40人)
3.2%(1/31.3人)
2人
6.7%(1/15人)
5.6%(1/18人)
3人
6.9%(1/14.5人)
8.7%(1/11.5人)
4人以上
15.1%(1/6.6人)
14.8%(1/6.8人)

 セックス・パートナーが多くなるにつれ感染率は上昇し、4人以上ともなると、男女とも極めて高率になる。このデータからすると、感染率調査をする対象群がどのような性生活活性度を持つ人々の集団であるかで、感染率が大きく変わることになる。年齢分布よりもセックス・パートナー数の分布の方がその集団の感染率の鍵を握る可能性があると言えよう。  ちなみに、参考のため表2 の調査学生の性経験パートナー数分布をみると、表3 のようになっている。

表3 大学・専門学校生における経験セックス・パートナー数分布
〔今井・熊本5)〕

セックス・パートナー数 男性  女性
0人
28.8%
25.8%
1人
20.2%
21.3%
2人
11.5%
12.0%
3人
7.4%
7.8%
4人以上
32.1%
33.1%

 このように高校から大学生までの若い人々が、自由・活発な性生活を享受している間に、ひそかに無症候性のクラミジア感染が彼らの中に大きく拡がってしまっているのである。
 殊に、性生活の活発な女子達の感染率はかなり同年齢女性平均より高くなっている。例えば、高校の保健室に性問題で相談に来た女子生徒の感染率は18%(1/5.5人)であったし、未婚10歳台後半で望まざる妊娠の人工妊娠中絶を施行した女性などは感染率が24%(1/4.2人)にも昇っていた。

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図5 性器クラミジア感染症の10万人・年対罹患率
(12歳〜22歳:9府県合計 熊本・他1))


 注目すべきはこの未婚10歳台の人工妊娠中絶例の感染率は、図6 のように、歓楽街のCSW(commercial sex worker)の感染率と殆ど同率となっている。
 これらのデータをまとめて考えると、無症候の性器クラミジア感染症は、今や歓楽街の中の問題でなく、一般市民の中に、まさに“性生活を持つ人々の生活環境汚染的流行”となっており、性生活の活発度に応じて、その罹患率が急カーブに高くなっているといえる。
 しかも図7 に見られる如く、最近は我々専門家なりに性感染症予防の啓蒙活動をかなり積極的に行っているにも拘らず、クラミジアなどの感染率は年々上昇しつつある。この事実は、如何に一般市民が性感染症に関し危機感がなく、予防に対し無関心であるかを如実に示していると言って過言ではない。
 この寒心に耐えない性感染症無警戒ムードの裏には、やはり前述したように、このような無症候の性感染症に罹患することが、さらに死に至るエイズ/HIV感染にも密接に繋がる可能性があることへの深刻な認識が殆どないためである。
 これはまさに厚生労働省を始めとする、この点を最も啓発に力を入れるべき衛生行政やジャーナリズムの啓蒙方針が、大流行している他の性感染症群とエイズ/HIV感染症を並べながら積極的に予防啓蒙教育をしたがらないことによる。“エイズは恐いが、現実には少ないし、さして心配いらないのでは”という安易なエイズ認識が、若者を始め一般市民にしっかりと定着しているためと言ってよい。しかも最近は人権問題としてのエイズ論議が迫力がなくなり、関心度が低くなって来たため、ジャーナリズムもエイズ問題をあまり積極的に取り上げなくなっている。その結果、学校でもエイズを話題にしなくなっている。そのため最近はエイズは少なくなりつつあるかの如き錯覚を子供たちや一般市民が持つようになりつつある。
 まさに、危機感の薄い、平和呆け天国のムードであると言って過言ではない。この社会的な流れを改善せずして、わが国がエイズ大国になる可能性を抑えることは不可能なのではないだろうか。外国の感染症研究家の友人から、“日本のこの現状でエイズ大国にならなかったら、感染症学の常識を破る奇跡が起きたといってよいのではないか”と言われたことを忘れることが出来ない。

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図6 歓楽街女性&未婚人工妊娠中絶妊婦における年齢別クラミジア感染率比較
吉尾医院・札幌東豊病院


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図7 日本のSTD罹患率(10万人・年対)の年次推移(T)
(熊本・他1))





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