トップページ | 論文目次 | 前のページ | 次のページ

ライン




エイズは正真正銘の性感染症!!
 今春アジア地区でSARSが大騒ぎとなった。確かに気付かないうちに感染させられ死に至る可能性ありとなれば、深刻な問題であるに違いない。(注:予防のために、マスク着用と同時にイソジン液による“うがい”がかなり有用とされている。)
 しかし、この広がり、また死者の数からいえば、あまり目立ってジャーナリズムが取り上げないだけで、アジア地区でも、エイズ/HIV感染の方が幾数倍も深刻な状況にある。SARS同様ブラック・ボックスの中にあった中国内のAIDS感染が、WHOの圧力で3年前に明らかにされたら、既に100万人の感染例がいて、2010年には1000〜2000万人の感染例が出ると推定されている。不治の病で、すぐ死ななくても殆どが死に至る恐るべきエイズ/HIV感染は、今や性感染症として拡がっているので(アジア地区ではまた麻薬注射器などによる感染も一部にはあるが)、SARSとは危険度が違うと思う向きも少なくないが、すぐ死ぬか、時間がかかるかの差で、とんでもない誤解である。しかも、それが無症状で、日常の性生活の中にひそかに入り込みつつあることは、通常の生殖年齢の性生活を持つ一般の人々にとって、今や徐々に特殊な感染症ではなくなりつつあると言える。後で詳述するが、殆どのエイズを含めた性感染症の無症候化傾向が強く、性生活を持つ年代の人々にとっては、性感染症は誰がかかっても不思議でない情況にある。今や、性感染症は“性生活上の生活環境汚染”的様相を呈しつつあることを認識する必要がある。そしてエイズ/HIV感染もまさにその仲間の一つに過ぎないことが忘れられかけている。
 にも拘らず、何故か最近、わが国ではエイズに対する関心がかなり低くなって来ている。これには感染症研究者の一人として、誠に危惧せざるを得ないところである。
 薬害エイズという極めて不幸なスタートを切ったわが国のエイズ感染は、未だにその影響から抜けきれず、 “エイズは今や他の性感染症と同じ性感染症”と認識することに、行政当局を始め医学界・ジャーナリズムなど、すべての社会分野でかなり強い抵抗があり、未だにエイズは非常に特殊な感染症と考えている傾向が強い。
 昨年夏から始まった厚生労働省のエイズ予防キャンペーンでも、エイズと他の性感染症と同じレベルでの問題として予防キャンペーンをすることはしたくないとされている。たとえ予防にコンドームをと言ったとしても、「エイズ/性感染症という表現は困る」と言っている。またさらに驚いたことに、本年4月末、大々的に宣伝していたNHKでの“エイズ特集番組”でも、現在大流行している他の性感染症との関係には一言も触れず、あたかも、あくまでもエイズは特殊で、クラミジアや淋菌、また梅毒とはジャンルの異なる、全く別の無関係な感染症であるかのようにエイズを紹介していたのには唖然としてしまった。大流行している同じ性感染症のクラミジア予防も出来ずに、エイズが予防出来るとでも信じているのであろうか。
 未だにエイズを人権問題として論ずる人々も少なくない。しかし感染症患者での人権問題としては、昔からハンセン病でも、結核でも、語るに尽きぬ多くの悲しい物語があった。エイズだけが特別なことではない。感染症を人権問題として今も特別に論じなければならない程、未だにわが国が文化的に遅れているということになるのであろうか。エイズ患者に対し、十分な社会的配慮が必要なことを改めて論ずるまでもなく、それをエイズにのみ固執して、いつまでも事上げしなければならない程、日本が文化的後進性が著しいということになり、誠に残念でならない。そればかりか、そのために“頭隠して尻隠さず、お尻に火がボーボー”の喩えの如く、性感染症としてのエイズが、大流行している他のクラミジアを始めとする無症候性の性感染症群に混じって、ひそかに一般人口の内に浸透し始めているのを心配していないのだろうか。
 そのような国内のエイズ認識のまま、現在エイズ/HIV感染症が性感染症として日本より顕著に拡散しつつある東アジア地区に出かける日本人の危機感のなさが、深刻な問題となる可能性がある。感染しても無自覚のままの人々の、外国との頻繁な往来がどのような結果をもたらすか、説明を要しない所であろう。しかも重大な問題なのは、その感染をそのまま国内でさらに大きく広げ、ひそかに一般人口、ことに若い人々の間に拡散しつつあることである。今やエイズの国内感染例が急増していることが注目されている。
 そこで先ず“性感染症としてのエイズ”の問題点をもう少し詳細に説明しておきたい。



トップページ | 論文目次 | 前のページ | 次のページ


財団ロゴ (財)性の健康医学財団